医食同源
 こんな記事、誰が読むんだろう?…と思いつつ、アップします。
 ほぼ自分の記録用なので許してください。
 興味のない方はスルーでお願いします。

 画像は、私の朝食です。
 毎日ほぼ同じメニューです。
 (つい最近DLした ”Olli" というアプリで撮りました)



 内容は、左下から順は適当ですが…、

  • トマトジュース(無塩)+レモン果汁+酢、中にらっきょう+にんにく 楴司ガリ
  • えごま油
  • のむ大豆(皮まで丸々豆乳にしたもの)
  • ひきわり納豆(醤油無しで)、小梅漬
  • 海苔雑炊(ご飯、海苔、すりゴマ、刻みネギ)※白湯にて食す
  • ナッツ類(無塩)…アーモンド、くるみ、カシューナッツ、マカダミアナッツ等
  • ヨーグルト(プレーン)+ブルーベリー

 お察しかと思いますが、減塩食です。
 内容的に考慮している点は、外食などではなかなか摂れない物で自分の健康のために必要だと思われるものを、朝食で食べるようにしているところです。
 ひとつひとつ、自分なりの必要性を考慮して、メニューに加えています。

 食事には随分と気をつけているつもりですが、外食の時にはあまり深く考えず、その時々で食べたいものを選びます。一応制限無しですが、家庭では滅多に作らない物を選ぶことが多いです。

 夕食は私が調理して、それを家族で一緒に食べます。
 これも自分なりに考えた健康食を作っています。
 詳しいことは、また別の機会があれば、紹介したいですが、簡単に…、

 味噌汁は煮干しで出汁をとり、煮干しは出汁をとったあとも取り出さずに、そのまま具として食べる…とか、そういう感じですね。
 米は研ぎません、じゃがいも、ニンジン、大根など、皮をむかずに調理します。
 私には米を研ぐ理由がありません。ただ大切な栄養を捨てているようにしか思えないのです。
 基本的に、減塩食です。
 砂糖はほとんど使いません。1kgの砂糖を消費するのに何年もかかります。

 薄味の食事に慣れてくると、濃い味の物が食べられなくなります。
 外食時には、ステーキにソースかけない、焼き魚に醤油かけない、寿司や刺身にも醤油つけない、等の方法で減塩します。

 私は虚弱体質で、自分の健康に自信がありません。
 だから、少しでも食事で健康な体を作れればと思い、メニューや調理法を工夫しています。
 食に関しては、手抜き無し妥協無しです。
 ただ家族も一緒の食事なので、健康食と言えども、おいしく楽しく食べられるように、工夫をしています。
 そして料理内容やひとつひとつの食材に関して、どういう栄養があるかとか、どんな効果があるのかを、食べながら子供たちに説明をしたりもします。

 つい先日、子供たちが、学校の給食でも、ジャガイモや人参などは皮をむかずに調理したものが出る…と、嬉しそうに語ってくれました。
 味噌汁も煮干しが入ったまま供されるようです。

 子供たちが大人になった時、子育てをするようになった時、家庭で学んだことが生かされればいいな…と、そんなことを思いながら、今日もお料理がんばります。

カテゴリ:つれづれ雑記 | 13:14 | comments(0) | trackbacks(0)
「味 Dream Cuisine」
 先日、とあるブログの記事に触発されて、随分前に購入したまま棚で眠っていたDVDを引っ張り出して、鑑賞した。「 Dream Cuisine」…どのくらい前に購入したのかも忘れてしまった。
 かつてこのご夫妻の出演していたドキュメンタリー番組をテレビで見たことがある。ただその放送内容が、このDVDと全く同じものだったのか?放送された時期がいつだったのか?も、憶えていない。作品のクレジットに「2003年ベルリン国際映画祭正式出品」とあるので、それくらいの時期だったのだろう。

DVD 味

 以下、このDVDパッケージの裏に書かれてあった内容の紹介文である。

二人の年齢を合わせると150歳という佐藤さん夫妻は、東京で隠れ家のような中国料理店「済南賓館(チーナンひんかん)」を自分たちだけで切り盛りしている。
妻の孟江(はつえ)さんは、戦前の1925年に生まれてから 戦後の1948年に引き上げるまでずっと中国山東(チントン)省の済南(チーナン)で暮らしていた。彼女が青春時代にそこで習い覚えた伝統的な山東料理は、なんと本場では中国文化大革命によって廃れてしまっていた。中国政府に「世宗魯菜(山東料理)伝人(せいそうろさいでんじん)」と認定された佐藤さん夫妻は、中国に招待され毎年料理人達に指導を行う事になった。二人の料理人生に、新たなドラマが始まった。
2002年、孟江さんは本物の山東料理復活に人生の最後を賭け中国済南に移住しようとするが、夫が反対する。また、中国では料理界も、次々と新しいものを追い求める高度経済成長の時代に入り、伝統は顧みられない。夫妻も年を重ね身体が思うように動かない事も。彼女の直面する現実は全て厳しい。
しかし、孟江さんの心には、中国語で唯一覚えているラブソングが流れている。「いつの日に君また帰る」と……。

 このDVD作品や出演者については、ネットにかなりの情報が上がっているので、そちらを見ていただければ…と思う。
 人も物も、もちろん料理も、時代とともに変化する。
 食材も調味料も次から次へと新しいものが出現し、道具も変化し、調理法も変化していく。
 しかし、人間の本質はそうそう変われない。
 一千年前の人間も、二千年前の人間も、現代の人間とさほど変わらないだろうと思う。
 しかし、何万年単位ならば、それなりの変化や進化があったろう。
 長年の間の、その時々の自然環境や食糧事情で現在のヒトが形作られてきている。

 砂糖や塩や化学調味料などが、いつの時代からどの程度使われるようになったのか私は知らない。
 ある学者さんの調査によると、アフリカのマサイ族などで近年塩や胡椒が使われるようになり、昔はほとんどいなかった高血圧の人が多くなってきたとのことである。塩ですらつい最近まで使われなかったところもあるということなのでしょう。
 日々の活動や健康のための食事…ということを考えれば、調味料は必要最小限度が良いのだろうが、食によって日々のストレスが解消されたり、食がある種の楽しみとなることを思えば、ある程度の調味料の使用もやむを得ないことなのかも知れない。要は程度の問題なのでしょう。

 食に関しては語りたいことが山ほどあるが、
 食の問題は奥が深すぎて、語り始めたらキリがない。
 いつになるか判らないが、またの機会に…ということで。

カテゴリ:つれづれ雑記 | 14:04 | comments(0) | trackbacks(0)
鉄は熱いうちに打たなきゃただの役立たずの鉄の塊
 ゆるっと再会宣言をしてから、数本の記事を書いたが、それ以外にももちろん良いこと悪いこと、色々あった。

 一番残念だったのは、詳しくは申し上げられないのだが、期待してたプロジェクトがポシャったこと。
 この件では、他の方にも協力をお願いしていたので、それなりの後始末も必要だった。

日替わりランチ

 イベントがらみで計画していた一泊旅行が、当日に襲来した強力な台風の影響で中止せざるを得なくなってしまった。
 宿のキャンセル、列車のチケットの払い戻しなど、手間もかかった。
 旅行にあてた二日間は台風による雨と強風のためにどこにも出かけられず、家でゴロゴロするはめになった。

 思うところもいくつかあって、それをブログに書こうと思いながらも、日一日と先延ばしにするにつけ熱量が落ちてゆき、一週間も過ぎると、自分の中では取るに足りない過去の出来事として処理されてしまったりする。
 これじゃあ、ブロガー失格だよね。

 日常の些細な出来事にも興味を抱き、よく観察して、それを記事にする。
 …とまあ、考えたりもするのだが、そこに何の義務も責任も無いから、少しでも他にやるべきことが出てくると、すぐに思考が方向転換してしまうから、ちっとも記事が書けない。
 ここはひとつ、自分なりに小さな目標みたいなものを決めて、やってみようかと思う。

 今まで何度も同じようなことを繰り返しているので、やれるという保証も自信も無いのだが(笑)

カテゴリ:つれづれ雑記 | 17:32 | comments(0) | trackbacks(0)
スマホを落としては、いけません
 こちらも映画の話題からですが…。
 映画は「スマホを落としただけなのに」。
 …とはいえ、映画の内容にはあまり踏み込んでいませんので、映画のタイトルで検索して来られた方には申し訳ありませんが、ここで引き返された方がよろしいかと存じます。

 さて、映画の説明サイトであらすじなどを読んでみると、落とした(紛失した?)スマホから個人情報を盗まれ、そこから様々な事件が発生するというミステリー小説の映画化だとのこと。

スマホを落としただけなのに

 ここで登場する重要アイテムが、フェイスブックとパスワード。
 いかにも現代的な話である。

 私は、実名登録が嫌なので、フェイスブックを使っていない。
 つい先頃、フェイスブックが5千万人分もの個人情報を流出させる事件があった。
 このような報道に接すると、いかに万全を尽くしたと言っても、完全なるセキュリティなど存在しないものだな…と、思わざるを得ない。

 これはパスワードにも言えることで、
 いくら工夫を重ねたパスワードであっても、フリーWiFiを使った時点で、すでにおおっぴらに公開しているようなものである。いや、フリーじゃなくても、電波を使ってパスワードを送信すること自体、安全とは程遠い行為である。

 便利さと儚さ脆さは裏腹な関係にある。
 利便性を求めれば、そこに何らかの危険がついて来る。

 通販サイトにクレジットカード情報を残しておく…なんてのも、もってのほかである。
 かつて廃棄したパソコンからI.D.とパスワードを盗まれ、通販サイトで悪用されたなんて事件もあった。ツイッターを利用していて何度かアカウントの乗っ取り事件を見かけたが、それでもしカード情報を悪用され高価な買い物なんぞされちまったら目も当てられない。
 何度もクレジットカード情報を入力し直すのが面倒なのも分かるが、被害にあってからでは遅いのだから、買い物するときは都度情報を入れ直すのが安全だろう。

 たとえスマホから個人情報を盗み取られたとしても、イケメンでもお金持ちでもない、ごくごく庶民なおいらには、この映画のような事件に巻き込まれる心配は無さそうだけれど、
 美人だったり、お金持ちだったりする皆々様には、ご用心召されますよう。

 ついこの間、駅待合室にスマホを置き忘れて帰宅した私からの、忠告でござる。

※2018.10.08 追記
報道によると、フェイスブックは今春にも87,000,000人分もの情報漏洩があったようで、この9月末に50,000,000人分の流出があり、さらに去る6日にも250,000人分のデータ流出があったとのこと。

カテゴリ:つれづれ雑記 | 15:29 | comments(0) | trackbacks(0)
「日々是好日」2
 「日日是好日」という映画が、来月に公開されるようだ。
 先日お亡くなりになった樹木希林さんがご出演なさっていて、それも話題になっているようで、ネット検索で誤ってこちらのブログにアクセスされる方がおられるかも知れない…と、少々気になっている。
 そんな方には、ごめんなさい。
 こちらは、ただの泡沫ブログでございます。

 あまり深くも考えずにつけたブログ名ですが、調べてみるとなかなかに深い言葉のようで、禅語のひとつで、中国のえらいお坊さんの言われた言葉だそうな。

 読み方は、自分は「ひびこれこうじつ」と思っていたが、これも色々に読まれているらしく、本来の意味からすると「にちにちこれこうにち」が正しい…などと書かれているところもある。しかし、もともとが中国語であれば、日本語読みのどれが正しいかなどはたいして意味がないように思う。
 だいたい自分のPCでは「こうにち」は「好日」に変換されない。
 映画の公式サイトには「にちにちこれこうじつ」とあった。

 読み方はどうあれ、この言葉の本来意味するところ「毎日を良き日とするべく大切に悔いなく過ごすべし」を実践していきたいものである。

カテゴリ:つれづれ雑記 | 10:41 | comments(0) | trackbacks(0)
花にもそれぞれ花事情
 昼前に、花の届け物が来た。
 ちょっと遠くに住んでいる娘からだった。
 自分で作った花だから…との連絡もあった。



 早速、花瓶に生けて、仏前に供えた。
 今はほぼ一人暮らしなので、やはり人の温かみを感じられる物があるのは嬉しい。
 花瓶に入り切れなかった分は、別の花瓶に生けて、自分の部屋へ。

 こちらの白い花は、お盆に頂いたもの。



 頂いてからもう1ヶ月以上も経つのに、まだ元気に咲いてくれている。
 かなりお高い花のようで、見るたびに、申し訳なさが胸につのる。

 花に限らず、贈り物にはそこに贈り主の何らかの気持ちが込められているのだが、
 それら全てを受け止めた上で、花を愛でられる心のゆとりを持てれば、いいな。

カテゴリ:つれづれ雑記 | 14:14 | comments(0) | -
小さな庭にも自然の摂理(3)
 事件その2【黒い芋虫軍団…の巻】

 怖い怖い黄色スズメ蜂の次は、気持ち悪すぎな黒い芋虫軍団…である。

 猛暑と豪雨でうっそうと生い茂った裏庭の雑草を、盆前にある程度刈り取った。
 その後ほぼ1ヶ月、全体的にまたうっすらと草が茂り始めてきた。
 これからの秋の夜は虫の音が楽しめる時季だから、庭の雑草もそのまま生やしておこうか…などと考えながら、その草むらを見ていたら、その所々に黒い芋虫がいるのを発見した。

 何の幼虫かは知らない。
 体は黒、背中にオレンジ色の点々があって、気持ち悪いことこの上ない。
 よくよく観察してみると、小さいのやら大きいのやら、十数匹はいる。
 放っておけば雑草を食べてそのうち羽化し、どこかへ飛んで行ってしまうのだろうから、気にしなければ良いのだろうが、一度気になり始めると、どうしても目が行って、ザワザワしてしまうのである。
 なので、こちらも一応駆除することにした。
 その顛末については、書かないでおきます。

 今回、スズメ蜂と芋虫の件で、思ったことがあって、
 これらの出来事は全て、自分が蜘蛛退治をしたことに端を発していることに、ようやく気付けました。
 物事には全て、因果関係があって、自然界も様々なモノが巡り巡って形作られているんですね。
 嫌いなものを徹底的に排除してみたり、自分の好きなものだけで自分の世界を形作ろうとしても、それは歪んだ世界に生きることであって、その結果、必ず何らかのしっぺ返しが来るのが道理なんですね。

 もちろん人間界も同じこと。
 自分たちの主義主張を通したくて、最終的には殺し合いまでしているのを見ると、悲しくてやり切れません。幸せを求めて、爆弾抱えて自爆テロする…なんて、自分たちがどれだけ矛盾していることを行なっているのか、考えないのでしょうか。

 今回の裏庭ミニ戦争、忘れないでおこうと思います。
 無理して何かを排除すると、また別の何かが湧いて出てきちゃう…ってこと、ね。

カテゴリ:つれづれ雑記 | 09:20 | comments(0) | -
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